カカオショック2026の喧騒と、キッチンへの「立ち入り禁止」命令
第1回、第2回と、私は2026年のバレンタイン市場を冷徹に解体してきた。カカオショックによる「裏ラベル」の変質、LTV(顧客生涯価値)を狙った企業の排他戦略、そして若者たちの「リスクヘッジ」としての推し活消費。
私の頭の中には、このイベントを攻略するための膨大なデータと不等式が蓄積されていた。
しかし、そんな「論理の砦」は、2月14日に我が家で起きたある光景を前に、あまりにも無力だった。
当日の午後、私は「キッチンに立ち入るべからず」という娘の特命を受け、3歳の息子を連れて近所の公園へ避難していた。
息子は、台所に並べられた色とりどりのパラパラチョコレートを目撃していたのだろう。
ブランコに揺られながら、これから起きる「甘いイベント」への期待で、冬の空気も構わずウキウキと遊び回っている。
資本主義の縮図を呪った過去:バレンタインの論理武装
冷たい風に吹かれながら、私は考えていた。学生時代、このイベントに無縁だった私は、バレンタインなどこの世から消滅してしまえと呪っていたものだ。
一部の強者が富(チョコ)を独占する資本主義の縮図を前に、「自分は関係ない」と気取って自尊心を維持する。そんな卑屈な理論武装をしてきた過去の自分を、今の私は全力で否定したい。
そして大人になり、今度は「企業戦略にハマるだけの非合理な慣習」として、斜に構えて分析している。
だが、玄関の扉を開けた瞬間、その仮面は呆気なく砕け散った。
食べかすと、満面の笑み
玄関を開けるやいなや、娘が猛ダッシュで迎えに来た。
「パパ、いいものあるよ!」
誇らしげに叫ぶ彼女の口の横には、隠しきれないクッキーの食べかすがついている。
本番を前に、念入りに「味見」をした証拠だ。その満面の笑みで皿に並べられたクッキーは、形こそいびつだが、百貨店のショーケースに並ぶどの高級品よりも輝いて見えた。
妻がスマートフォンのカメラを構え、記念の一枚を撮ろうと奮闘している横で、今度は3歳の息子が忍び寄り、隙を見てクッキーを1枚つまみ食いしている。
世間ではカカオショックがどうだ、戦略的なブランド選別がどうだと、高度なマーケティング戦が勃発している。
しかし、この狭いリビングに流れる時間は、それら資本主義の喧騒から完全に隔離されていた。
マーケティング戦略の死角:期待値の完全な放棄
娘の行動には、打算がない。
彼女は「パパが喜ばなかったらどうしよう」という、大人たちが恐れる拒絶のリスクも、失敗して格好悪くなる不安も、一切考慮していない。
ただ「パパに美味しいと言ってほしい」という、純粋な贈与のエネルギーだけがそこにあった。
かつてこのイベントの消滅を願っていた自分を、今の私は全否定したい。
娘の笑顔という、いかなる評価関数でも測りきれない変数を目にすると、これほど素晴らしいイベントはないと思い直してしまうのだ。
3倍の笑顔への最適解
さて、現在は3月上旬。
巷では「ホワイトデーのお返しは3倍」などという、誰が定めたかも分からぬ相場観が囁かれている。
期待値も損得も考えずにクッキーを焼いてくれた娘に対し、父として、どのような解を出すべきか。
一粒436円の論理で武装した高級チョコを贈るのもいい。しかし、真の最適解は、そのお返しによって娘の笑顔を文字通り「3倍」にしてあげることだろう。
そのためには、百貨店のカタログを読み込む私の脳内に、今だけは「非合理な愛情」という、最高に扱いにくい感情を組み込む必要がある。
論理と戦略を超えた先に、本当のバレンタインの終わりが待っている。
第4回へ続く。
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